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西村

Author:西村
松尾寺の近くにある樹齢800年のクスの木です。松尾寺は織田信長によって焼かれたということは、このクスの木は織田信長を目撃しているのかもしれません。数ある巨木の中でも一番のお気に入り。

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この世界の真理について語ってみる
人間は生きている間に、どこまでこの世界を理解できるのだろうか?さまざまなテーマを文章にしてみる自分のためのメモ帳
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22.絶対という恐ろしい言葉
 15インチのテレビになれてしまった人が20インチに変更した場合、最初だけものすごく大きくなったと感じる。しかし時間が経てば、あまり大きく感じなくなっていく。

 20インチがなれたころに又15インチに戻すとものすごく小さくなったと感じるが、これも最初だけで時間が経てば、それほど小さいとは思わなくなるのでストレスを感じなくなる。

 つまり人の視覚はすべてにおいて、絶対的な感覚で物を見ているのではなく、柔軟に見え方が変化する。

 もし絶対的な物の見方で20インチという大きさが根付いてしまった場合、15インチに変更した人は生涯、小さい画面だなという精神的ストレスが発生し続けることになる。

 反対の場合は幸福感が一生続くのかもしれない。テレビ画面が永遠に大きくなり続けるなら良いのだが、そういうことは有り得ない。

 しかし、思考には物事を絶対と決め付けることが可能だ。これは言葉によって頭に残せるもので、これにより極端な結果を引き起こす。人生は山あり谷ありなので、物事を絶対と決め付ける考え方は非常に危険です。

 よく不幸に満たされている人がいますが、そういう人はたいてい物事は絶対こうだとか、絶対こうあるべきだという決め付け思想が根付いているように思います。

 絶対という言葉は使い方を一歩間違えると危険です。宇宙にも精神にも絶対地点というのは存在しません。物事は立ち位置によって常に変化するのです。そう考えると原理主義や中華思想というのはトラブルの素です。

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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

21.マスコミは国民の鏡?
 マスコミは国民の鏡と言われます。民間企業であるマスコミは国民からの収益で成り立っているため、国民が見てくれる記事を重視することになるからです。

 特にマスコミはギャップを利用します。普通の人から大出世した人やその大出世した人が犯罪をして捕まったなどです。このギャップが大きいほど人の注目を獲得できるのです。

 話題を多く振舞う問題の多い芸能人は、マスコミの大切なお得意様です。これからもネタ提供をしてもらうためには、生かさず殺さず本人が業界から消えない程度に記事を盛り上げるのがコツかもしれません。

 よく上げて下げるなんていいますが、下げて上げることはあまり見ませんよね?マスコミが国民の鏡なら国民はものすごいたちの悪い連中ということでしょうか。

 しかし、この例は思わず見てしまうという側面があります。マスコミは国民の鏡というのは、この点に鍵ってはちょっとずれがあるように思います。超資本主義に偏ると、どうもこの手の手法が手っ取り早いのでしょう。

 超資本主義下では、マスコミの扱う記事のほとんどは国民が見てくれるかどうかを重視するのであって、真実なのか?役に立つのか?はどうでもいいのです。お客さんからの収入で成り立っているマスコミとしては仕方がないことですが、そのことを頭の片隅に入れておく必要があるでしょう。

テーマ:美しい国へ - ジャンル:政治・経済

20.株に勝つ方法
 分かりやすく説明できるようにするため、まず株式市場にある総額を1兆円と決めてしまいます。

 そしてこの株式市場で100人が100万円を持って株取引に参加します。合計で1億円ということは、株式市場にある総額は1兆1億円になり、この1億円だけを100人で奪い合うという意味になります。

 この1億円を100人で奪い合う(売買する)とすると
  1. 100人勝つということはありえない。
  2. 1人だけ勝つということは99人からお金を奪ったという意味になる。

 株とは簡単にいえばこういう感じです。

 1番を言い換えれば、大多数と同じ買い方だとあまり利益を期待できなく、むしろ負ける可能性が高い。学校教育をまじめに受けている人は多数決が染み付いています。そして所得の低い人の100万円は大変な額なので損失が出そうになると、焦って見事にみんなと同じ行動をとります。今自分は大勢の人々と同じ行動をしていると思った瞬間に負けが確定しているかもしれません。

 2番は100人いる中で1人しか考えない売買をする人です。これがなかなかできません。こういう希少な考えができる人はそれなりの実績を積んでいます。物欲がなく大切なお金をゲーム感覚で動かせる人は希少ですから勝てる素質があるかもしれません。

 ほしいほしいと願うほど遠ざかってしまうのは、いろんな物事にも通じますね。

テーマ:株式投資 - ジャンル:株式・投資・マネー

18.自由意志はあるのか?
 自由意志は死刑制度に影響を与えています。

 日本では自由意志が存在するということになっています。自由意志があるとは、原因がなくても結果があるという意味です。殺人事件が起こった時に、その犯人は動機や原因がなくても殺人を犯すということになります。日本で死刑制度がある理由です。

 イギリスでは自由意志がないということになっています。自由意志がないということは殺人事件が起こったときに、その犯人には動機や原因が必ずあるということになります。そのために死刑制度がありません。

 この日本の考えを例にしてみますと、まず自分の頭にピストルを突きつけます。ピストルの引き金は軽くてほんの1センチくらい動かすだけで子供でも発射できます。この引き金を理由もなく自由自在に引くことができるのが自由意志です。

 イギリスの場合はこの引き金を自由に引くことができないというものです。もし引き金を引くことができる人がいたら、その人は今すぐにでもビルから飛び降りようとした自殺願望のあった人だということを意味します。

 こう考えると重大な行為による自由意志はないように思えます。一般的に言われるように、運命は大きく変えることはできないのかもしれません。

 では、完全に運命を変えることができるのでしょうか?ちょっと考えてみました。まず人生にはいろんな選択があります。大きな運命が決まっているということは、この選択でどちらが選ばれるのかはだいたい決まっているという意味になります。

 そこで私は大きく運命を変えるためにサイコロを振って決めようと思いました。この場合、注意したいと思うのは、今の自分にかなり重要な利点がある選択があってもサイコロで決めるということになります。特にどちらでもいいやという場合は気楽にサイコロを振れます。

 でもよく考えてみると、私の運命はこの先どうなるのか見えていません。運命を変えようとしても、自分にとって最終的な良い運命なのかわからないので、やはり先が読める範囲の重要な選択では自分に都合のいい道を選んでしまいます。

 結局、自分にとって目先どっちでもいいような選択にしかサイコロを振れないようです。ということはやはり運命は大きく変えれないのは、正しいのかもしれません。

 もしなにか運命が変わるような突発的な事件が起きても、人体の性質が大きく変わらないのなら、また同じ人生のレールに軌道修正されていくでしょう。

 言い換えれば、本人の選択を変えるのではなく、人体そのものに大きく手を加えることが出来るのなら、違ったレールに乗れる可能性はあると考えられます。(整形手術など)

 運命が大きく変えられないということは、統計学でいう人間の運命にはだいたいのパターンがあるというのは、まんざら間違いではないでしょう。自分の運命パターンがわかれば、それを比較対照として参考することによって、多少快適な人生を歩めるのかもしれません。

 大きく運命が変えられないということは自然界の大きな流れにも逆らえないということを意味するのではないでしょうか?

17.資本主義と共産主義
 景気が悪い時は生き残りを賭けて、必死で競争を始めます。社会保障なども一時的に壊して、財政状態を良くします。

 これが資本主義(自由はあるが死ぬ確立が高い野生王国)です。

 景気が良くなれば、弱い会社を保護したいという余地が発生して社会保障などが充実します。その政策が足を引っ張り財政状態が悪化します。

 これが共産主義(自由はないが死ににくい動物園)です。

 どちらも長い目で見れば崩壊、復活を繰り返します。この波を繰り返して本当に安定した国に自然調整されていくのです。

 純共産主義体制はワンマン社長が率いる企業と同じです。トップがたとえ奇跡的に素晴らしい人物でも、何世代に渡って国を安定させることは難しいでしょう。

 更には自分の活躍が給料に反映されないので、汚職天国は免れないでしょう。つまりどちらに決めようが、極端に偏ったものは自然に崩壊を繰り返すのです。

 中国のような極端な体制はいずれ大崩壊します。現在は正常な国家になるためのエネルギーをためている途中でしょう。あの一党独裁を壊すためのエネルギーはとんでもないものです。

 近い将来、強大なバブルが弾けて新しい中国を目撃するかもしれません。一時的に世界を巻き込む騒ぎを起こすでしょう。中国経済に頼り過ぎない体制を今のうちに作るべきです。

 きちんと変化に対応する公正な経済ルール作りと公務員の責任が発生するシステムが一番浮き沈みの小さい世界を作ります。これが資本主義と共産主義の中間です。

テーマ:経済 - ジャンル:政治・経済

16.戦後の日本は動物園
 まず日本国動物園というものがあります。この動物園は非常に経営状況が良く、どんどん快適な動物園になっていきます。放し飼いだった動物達もケンカして死ぬと可哀想なので、しっかりした柵をそなえつけました。餌もたっぷり与えるので飢え死にすることもありません。予算に更なる余裕が出てきたので、絶滅に瀕している動物も隔離して生きながらえさせようとしました。

 しかし、どんどん動物園の経営が悪化し始めて柵は次第に錆びれてしまうのです。この動物は長いこと動物園暮らしが続いたので、すっかり野生では生きられないくらいに弱ってしまいました。そしてついに柵が壊れ始め、野生動物にどんどん殺されそうになるのです。

 この話を日本に置き換えると、高度成長を遂げた日本社会はだんだん余裕がでてきて、互いの利益を守る法律や社会保障を作っていきました。これが他国からもっとも成功した共産主義国だといわれた状態でした。

 でも、いい状態は永遠に続きません。次第に景気が悪化して、規制緩和が始まりました。ぬるま湯に浸かっていた企業は突然の環境変化に対応できません。海外の企業からすれば日本の企業は無防備もいいとこです。

 この動物園の柵が重要ポイントです。談合もこの柵にあたります。この柵はゆとりや人情のつけいる隙が出てくる時に取り付けられるもので、これが共産主義化していく始まりになります。

 自然界では生態系に必要なくなったものは守られずに絶滅します。大自然を相手に生きる人は、野生王国の掟を素直に受け入れることができますが、日本のように高度に進化して自然界を遠ざけていくと、人間だけは特別なんだと思って野生王国の掟をいつしか受け入れなくなってしまうのです。

 この掟を受け入れなくなってしまう現象を言い換えると、偏った状態を元に戻すための反作用が発生することを意味します。

15.原爆で少子高齢化
 原爆が落とされて日本は決定的な敗戦国となりました。死者が大勢でましたが、この時点で強力な反作用を引き起こすきっかけが生まれました。

 突然の強烈な環境落差や貧困によって、多くの人達が莫大な反発エネルギーを得るのです。

 戦争によって秩序や古き体制が崩壊という背景も手伝って、なんでもありな日本は異常な高度成長を遂げました。

 この経済成長を見ますと、内に秘められている能力が非常に大きかった民族だったということがわかります。日本は資源が少い島国という不利な環境だからこそ、素晴らしい潜在能力が育ったのでしょう。

 戦争破壊の反動による急速な経済成長により、人が急激に死ににくい環境になっていきました。これによって急速な少子化現象が起こります。つまり原爆によって、非常に極端な結果がでたのです。

 この急速な高度成長によって起こった少子高齢化による落差や、無謀な公営事業(未だに空港やダムの建設が止まらないのは、中和するエネルギーがまだまだ足りないという意味です)などの借金による本格的なしわ寄せはまだきていません。原爆ほどの威力はないものの、このマイナスエネルギーは第二の原爆といえるでしょう。

 本当の理想的な経済成長(人も株価も)というのは、実体を積み重ねながら小さい浮き沈みを繰り返して、ゆっくり上昇していくものです。

14.自殺の原因
  たとえば、戦争などで死者が大勢でる国では日常の死はニュースにもならない。

 日本のように医療進歩や衣食住の充実で人があまり死ななくなると、生きていて当たり前の感覚になっていく、するとたまに起こる死がギャップにより、ものすごく衝撃的に思える。だから命の尊さについての感覚がどんどん加速していき、ちょっとでも命に影響あるものは国家的問題に思えてくる。

 生きていることが当たり前の時代になると、次は快適に生きて当たり前の時代に突入する。どんどん死へのギャップが広がるほどに人間は自分を追い詰めているように見える。

 今後の日本では心のケアーをするものが次々とでてくる。そういう機関を必要とするくらい、国民はもろく敏感になっていく。

 もしも本当に自殺をしたいと思うくらいなら一度アフリカにいってみることをお勧めする。頭の中で遠い国と比較するより実体験を頭に刻み付けることで、自分で自分を追い込んでいく小さい世界から抜け出せるだろう。

 現実の所、今から死のうという人は正常ではないので、これらの話は頭に入らないでしょう。自殺は自分では止められないという事です。自分が精神的に弱いと感じる人は、普段から頼りになる相談相手を見つけるべきだと感じます。

12.ニートにしない方法
 まず行動力のエネルギーとなるのは抑えつけられるということです(バネと同じ)。その意味には物理的と精神的の2種類があります。

 物理的に抑えられるとは、簡単に言えばお金がないのでやりたいことができない、つまり貧乏ということです。お笑いの人たちは行動力に溢れています。それは何故か?元貧乏人が多いからです。

 お笑いのセンスがある人でも笑わせ続けることは難しいです。そこでたまに笑われることも必要になります。この笑われる作業というのは裸になってあほなことをしたりと非常につらいものがあります。そういう時に普通の人は人前で恥をさらしてまでお金はいらんわという結論になるでしょう。超貧乏人ならこの程度朝飯前です。(ちなみにお笑いを始めるのにお金はいらない)

 自分の家だけが貧乏で周りがお金持ちなら、ものすごいエネルギーが期待できます。もしくは目の肥えた好奇心旺盛な貧乏人など。あれもやりたいこれもほしい、その対比がエネルギーに変化します。簡単にいえば比較対象のギャップが大きいほど巨大なエネルギーを生み出します。

 次にお金持ちの子供だったのに行動力溢れる人がいます。この人たちは小さいころから精神的に抑えつけられてきた可能性大です。

 精神的に抑えられるとは、お金持ちに生まれても周りからすごい偉大な人と慕われているお父さんや優秀な兄弟と比較されたりして育ってきた人たちです。精神的に追い込まれて、この家を出て行っていつか見返してやる!などといったエネルギーが行動力となるのです。これも比較です。

 その逆はもうわかると思いますが、ほしいものも特になく(だいたい満たされている)、家族も自分にたいして何もプレッシャーを与えない場合はエネルギーを得ることは困難でしょう。

 どちらの環境でも親の育て方が重要になります。裕福な家庭であっても、子供の欲を完全に満たしてはなりません。適度にがまんをさせることが大切です。自分が死んでからも子供にがんばって生きてほしいなら心を鬼にするべきです。

 何事も吸収力のある子供の内に苦労をさせないと、大人になってからの苦労は効率が悪く地獄といえます。ただ、すごいハングリー精神溢れる大人に育てても、愛情を注がなければ大犯罪者になるかもしれません。

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

11.借金で幸せに?
 借金を返すという行為は、自分を磨く行為になります。借金とは自分の内面にある未熟さです。

 事業で失敗した。遊びほうけてて借金が増えたなど、実力が伴ってないということです。その実力差を補うために借金という試練を与えるのです。この世界で生きぬくために弱い部分は自然に補うきっかけが働きます。

 この借金は自分一人の原因によってできたものなら、自分で返さなければ意味がありません。返済額が大きいほど大富豪への道が開けるでしょう。他人の力で全額借金を返した場合は、更なる地獄が待っています。

 こういう話をネットで見ました。どうしようもない兄貴がいたそうです。その兄貴はバクチなどで800万の借金があるそうで、その前にも300万くらいの借金を肩代わりさせられたそうです。

 その弟は嘆いていました。殺してやりたいくらいだと。そして前の借金で縁を切ったそうですが、「あんな兄貴でも家族だから」と姉に泣き付かれて、今までコツコツがんばって貯めていた貯金でまた借金を肩代わりしたそうです。その弟はこれでもう完全に縁を切るといってました。

 この場合、私の考えからすると、このバカ兄貴は驚異的お人よしの家族のせいで堕落したのかと思えてしまいます。兄貴を更なる地獄に落としたいのなら800万の肩代わりは大成功です。

 誰かにお金を貸してくれといわれたら、どういうことがあっても断りましょう。これが大切な友人の場合は、お金の協力はできないが、仕事先を一緒に探してあげるなどの協力をするのです。もしくは「この5千円をあげる。でもこれを受け取ったら俺とは縁を切ってくれ」と相手に話しましょう。友人のことを思うなら、借金とはリスクが伴うことを身をもって教えてあげるのです。

 その友人は普段からむかつくやつなので堕落させたいのなら、どんどんお金を貸して突然資金提供をストップするのです。

テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

10.安定は存在を意味する
 映画などで科学者がある化学物質を開発しているシーンをよく見かけます。この開発を成功させるには、その物質を安定させることが目的となります。安定しない物質はすぐ消えてしまい、この世界に存在し続けることが出来ません。

 人間も不安定になると自殺をします。安定して初めてこの世界に存在し続けることができるということを言い換えれば、すべての存在はバランスを取ながら安定し続ける機能がある事を意味します。

 安定し続ける機能というは自動補正が働いているということになります。この自動補正というのは、ある作用に対しては必ず対極である反作用が働いて波を描き続けることを言います。

 例えばお金儲けに執着しすぎて調子に乗った挙句、社会的制裁を受ける人がいます。それにより反省して自己を見直す機会が訪れ、元の軌道に修正する力が発生する訳です。

 子供のころは不安定です。いろんなトラブルに悩まされて精神は大きな波を描きます。その苦難を乗り越える努力を繰り返しながら小さな波に変えていき、今いる時代や環境に安定して存在し続けることができる大人に成長していきます。

 この大きな波を小さな波に変えようする行為は、初心忘れべからずといった考え方が定着していくことを言うのだと思います。

 人間社会も同じで、地球の歴史からいえば人間社会は非常に短いものです。現在もまだまだ動乱の時代で安定の時期にはほど遠いのかもしれません。

 安定という様子を分かり易いように景気の推移で説明してみます。景気が良いとお金を多く稼ぐ人たちが増えます。すると金使いが荒くなり、慎重にならないで物を簡単に買ってしまいます。

 あまりがんばらなくても商品が売れるということは、店員のサービスも悪くなる。営業マンの物を売る技術も落ちていく。製品の品質も落ちていく。(中身の腐敗)

 景気が上がるたびに中身の腐敗が進み、この腐敗によって景気にブレーキが掛かります。腐敗が勝り始めると景気は下がっていきます。

 どんどん景気が下がっていくとどうなるか?みんな給料が減っていき、お金を使うことに慎重になります。すると物がなかなか売れないので、これでは商売を続けていくことが困難になっていき、店員はきめ細かなサービスを始める。営業マンは営業技術を向上させる。製品の品質を上げていく。(中身の洗練)

 この洗練が続くと、また景気が下げ止まり上向きになっていく。この繰り返しによって景気は安定を続けるのです。決して上がりっぱなし、下がりっぱなしにはなりません。

 景気の大きな流れは中央銀行などによる人為的な操作が加わりますが、この人為的な操作すら、自然の作用が働いた結果であるといえます。なぜなら自分の首が絞まるから介入せざるを得ないのです。

 常にバランスを取りながら永遠に波を描いていく様子は良い面も悪い面も表裏一体ということを教えてくれます。

 強力に便利なものが現れれば、強力な反作用が現れます。例えば電気に頼りすぎる便利な生活が続けば精神も緩み、その反作用として危険だけど巨大な電力を得られる原子力発電所を簡単に容認していくことが起こります。気を引き締めて安定させている内は、なにも制裁を加えられることはないでしょう。

 しかし調子に乗って人間が自己中心的になって大きくバランスを崩せば、自分たちが作った原子力発電所によって自分たちに制裁を加えるのです。これは自浄作用が働くとい意味になります。

 別の言い方をすれば、人間が戦争で猛威を振るう事によって他の生命を脅かすなら、地球の生命を安定させるために、自然界は人間に反作用である核兵器というものを発明させ、最悪の事態が起こった時に地球を救うための薬として使われるということを意味します。これが必要悪の存在意義です。

テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

8.実体を伴う
 実体を伴っていないという意味から説明すると分かりやすいです。

 例えば、Aさんがなにかのすばらしい発明を考えたとします。それをBさんが自分の考えた発明じゃないのに、Aさんからアイデアを盗んで、あたかも自分の考えたようなものにするということです。Bさんのその後を考えますと、最初はお金が入ってきます。でもその後の発明が続きません。そもそもすばらしい発明をする実力がないのです。いづれほころび始め、嘘をついた分以上につけを払うことになるのです。

 詐欺も実体を伴わないので、続けていけばやがて痛い目に合うでしょう。

 逆に実力があるのに周りが評価されない場合もありますが、がんばって続けていけば自然に周りが付いてくるといったこともあります。この場合は最後に実体を大きく超えて良い評価がされるでしょう。これが一番理想です。

 実体に逆らっても、永遠に逆らい続けることはできません。時間が経てば必ず元に戻ります。そして逆らい続けるほどに元の状態に戻るための反作用エネルギーが溜まっていきます。この関係には常に時間差があります。気づいた時にはすでに遅しといったとこでしょう。

 小さいダメージなら復帰するための良質なエネルギーに変わりますが、ある一線を越えた極端に大きいダメージは再起不能となります。結局どんなことでも極端は後々怖いということです。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

6.答えという言葉の意味
 前の文章で、生物の生きる目的に答えはあるのか探してみましたが、そもそも答えという言葉はなんでしょうか?

 生物の行為はすべては生きるという意味につながることを当てはめると、答えという言葉の意味も生きるために必要だったということになります。

 人間は生きているといろんな障害に当たります。そのときに悩み、解決するために答えというものを探し出します。これが生きるという意味につながるのです。

 つまり狩りをするときに自分より大きい獲物を捕まえるために最良のやり方を答えとする。こういった例が最初に当てはまった答えの本質ではないでしょうか?

 そのうち人間は生きる上で意味のない疑問になんでもかんでも答えを求めてしまう、ただそれだけのことなのかもしれません。

 原因があれば結果があるというのはわかりますが、それと同じように疑問があれば答えがあるという構図を成り立つと思ってしまうのは高い知能を持つ人間の好奇心からきた弊害ではないでしょうか?

 この言葉はいろんな日常の物事に当てはめて、考えることを促進し生活を楽な方向に改善して、クイズのように娯楽としても使えますが、人間はなんのために生まれたのか?という疑問に、人間の生まれた後にできた言葉を当てはめても、なかなか答えらしきものがでないのはそのためかもしれません。

5.人間の使命
 すべての生物には生きるという意識が働いています。では生物は必死にこの地球で生存し続け、最後になにか目的があるのでしょうか?

 生物は、この過酷に変化する地球で生きてみて一通り苦労して学び、この環境に対応できる遺伝子を作り上げ、次の子孫にその遺伝子を受け渡すことが目的となります。

 ゴキブリには知能がなく器用でなく小さい生き物です。なので次の子孫にいくまでが長すぎると、地球環境も常に時間が流れて大きく変化をしているので、いきなりバトンタッチするには過酷です。そこでこまめに対応していくために生き死にのサイクルが早いです。

 知恵や小細工のできない小さな生き物はこうやって切り抜けて生き続けていきます。生物の優劣が生存能力で決まるとすれば、人よりも優秀と言えるでしょう。

 次に子供を生むまでが長い生物はそれだけ変化に対応していく学習能力があるということになります。生まれた後に学ぶことができる。つまり人間です。

 ただ他の動物の赤ん坊はすぐに立ち上がることができますが、人間の赤ん坊はかなり時間がかかります。遺伝子を与えて子供を生んだ後の親は、子供を育てることが生涯の目的となります。子供が社会に一人立ちしたら親は余生を過ごすといいます。おじいちゃんおばあちゃんが孫をかわいがるのは、その本能がまた呼び起こされるからでしょうか?

 結局、この地球で生き残るための無限連鎖が続くという推論になりますが、本当の目的がわかる時代がいつかくるのでしょうか?

 私がその目的を考えた場合、人間には使命があると気づかされました。それは自分がこの世に生まれたなら、過去に生きてきた人々の知恵や文化、現在を生きている人の力によって支えられ生かされ続ける事になるのです。

 与えられた物は後で返さなければなりません。人生は一度きりだからと言って、自己中心的に好き放題楽しんで死ぬと、子孫にしっぺ返しがくるでしょう。

 つまり、一度この世に生を受けたら。次の世代に恩を返すという使命が与えられるという訳です。次の世代を思う死に様こそが、人間の生きる目的だと考えます。

 これは無限の連鎖ではなく、各人々の中で完結する使命なんだと思います。

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

4.生きるという一本の線
 当たり前のことですが、すべて生物を裸にすれば生きるという一本の線がでてきます。これは、この世界のいろんな問題を解いていくのに非常に重要な考えだと思っています。

 人のする行為で物を作る、商売をする、言葉を話す、恋をする、子孫を残す、退屈なときに遊ぶという行為で得る気持ちの充実感も生きるということにつながります。

 これらを元になんでも生きるということに結びつけると答えが見つかりやすいです。

 たとえば、テレビで赤ん坊はなぜ泣くのでしょうというクイズに私は全く検討もつきませんでした。とりあえず生きるために必要なんだろうとつなげてみました。

 でもさすがに涙なんて生きるのになんの役にもたたんだろうなと思ったのですが、その時の回答は涙にはストレス物質が含まれていてそれを外に排出することができるのだそうです。涙をあまり流さない人は病気になりやすいようです。

 この地球という環境は常に過酷な変化をします。この環境で生物が生きるという方向に前へ進まないのは死を意味します。

 アフリカでは多くの子供が飢え死にしています。その分多くの子供を生みます。そんなに食べる物がなければ子供なんて多く生まなくていいのにと思うでしょうが、多く子供を生めばその分誰か生き残る確立が増えるということになります。

 それは生き残るための無意識による選択です。昔の日本も人が死に易いので多くの子供を生みました。現在では急速な衣食住の充実で急ピッチに少子化が進みました。

 どんなことでも生きるということに結びつけるには難しい場合もありますが、どこかに隠れているものです。

テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体

3. 精神と物理は同じ
 例1
 何もない真っ暗な宇宙空間で1つの宇宙船Aが浮いていた場合、この船はどっちを向いて進んでいるのかわからない。そこでもうひとつの宇宙船Bが現れたらAはBと比べて前に進んでいるか後ろに下がっているのか、とにかく位置関係がわかる。これが物理。

 この地球でずっと自分ひとりだけしか存在しない場合、自分が幸せかどうかわからない。もう1人の他人が現れたら自分はこの他人より幸せか不幸かどうかだいたい比較することができる。

 例2
 ダイヤモンドにはツボがあります。硬ければ硬いものほど、そのツボを突けば一瞬で木っ端微塵になるが、最適な場所に使えば他では代用できないほどの活躍をする。鉄はやわらかくツボというものがほとんどなく安定していて、いろんな場所に活躍できる。

 繊細な人ほど、ちょっとしたことで精神病になりそうになるが、適所にはまれば異常な能力を発揮する。鈍感な人はどんなところでもへこたれずに安定した心を保つことができる。

 例3
 ゴルフのパッティングでカップに届かなければいくら打っても永遠に入らない。

なにか目標があった場合、それを達成するだけの行動をあきらめずに継続しないと永遠に達成しない。


 物理は基準があります。1メートルはこのくらいと決めて1時間をこのくらいと決めます。そしてある物体がある時間である距離を進むと時速何キロと決定します。その基準によって数字化ができ計算できますが、精神には基準となる地点が決められないので綺麗に当てはまるとはいきません。

 難問にぶつかって悩んでいる時、その問題を物理に置き換えることができるなら、何かヒントになる発見があるかもしれません。

テーマ:物理学 - ジャンル:学問・文化・芸術



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