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西村

Author:西村
松尾寺の近くにある樹齢800年のクスの木です。松尾寺は織田信長によって焼かれたということは、このクスの木は織田信長を目撃しているのかもしれません。数ある巨木の中でも一番のお気に入り。

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この世界の真理について語ってみる
人間は生きている間に、どこまでこの世界を理解できるのだろうか?さまざまなテーマを文章にしてみる自分のためのメモ帳
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39.死は突然やってくる
 交通事故で即死したというニュースはよく見かけます。この即死したドライバーというのは、突然この世から居なくなると予期していただろうか。

 たぶんこのドライバーは、1時間後の自分も1ヶ月後の予定も想像でき、常に明日は自動的にやってくると考えていたでしょう。誰もいつ死ぬかはわからない。不健康な体であっても10分後に死ぬかもなんてことを考えて生きている人はいないでしょう。

 平均寿命がどんどん伸びている中で、健康に問題のない人は、だいたい80歳くらいまではなんとなく生きているのだろうと思っているかもしれません。

 死を意識させる病気などは、じわじわと死期が近づいてくるために心構えができる。やりたかった行為に没頭する、会いたかった人を呼ぶ、行きたかった国に出かけるなど、最後に思い残すことがないように行動できる可能性がある。

 しかし事故死などの突然死というのは全く心構えのないうちに起こり、突然明日がなくなる。そこからテレビの電源が切れるように無の世界に突入するのかは分からないが、ほんのちょっとした不注意などで、この世から一瞬に消えてしまう。お別れの言葉も一切なしにである。

 ただ、死んだ本人は後悔という思いと一緒にこの世からいなくなる訳ではなく、更には死んでしまうということにすら気づかない場合もあるのでしょう。

 この時、幸せの絶頂期に即死してしまったら永遠に幸せのままかというと、そうではありません。死というものはゼロであると思っているので死んでしまった後には何の想いも発生しない。そこから先は、自分自身に幸せや不幸などという尺度も当てはめることはできない。

 逆に生きているということは、さまざまな行動や想いによって形を変えていきます。不幸でも幸せでも形となる今に価値を感じます。以上勝手な想像でした。

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テーマ:生と死と。 - ジャンル:心と身体



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