人気ランキング

リンク

このブログをリンクに追加する

プロフィール

西村

Author:西村
松尾寺の近くにある樹齢800年のクスの木です。松尾寺は織田信長によって焼かれたということは、このクスの木は織田信長を目撃しているのかもしれません。数ある巨木の中でも一番のお気に入り。

最近の記事

FC2カウンター

最近のコメント

過去ログ

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

この世界の真理について語ってみる
人間は生きている間に、どこまでこの世界を理解できるのだろうか?さまざまなテーマを文章にしてみる自分のためのメモ帳
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

44.死刑制度
 死刑廃止論者は日本国民の20%と言われています。つまり被害者遺族を1万人集めれば2000人の廃止論者がいるということになります。

 実際には、犯人を死刑にしないでいいという意見は、ほとんど聞いたことがありません。つまり、当事者となった時点で考えが変わったのだと思います。この部分については統計を取ってほしいです。

 存置論者は、被害者遺族が死刑にしないでいいと訴えれば、ほとんどの人がそれ以上の口出しをしません。

 廃止論者は被害者遺族の人生に割って入ってきます。つまり廃止論者の責任は重いです。そこまでするなら、いざ自分が当事者になった時に、気が変わるようなことがあってはだめです。

 そういうタイプの廃止論者は石碑に名前を刻んでから活動してほしいものです。そうすることで言葉に重みや責任が出てくるでしょう。

 しかし、廃止論者の言い分も良く分かります。残酷な殺人事件を冒した人間は、マトモな教育もされていない未完成な存在であり、野獣と同じであると考える。

 子供は生まれてくる環境を選ぶことができない、それが奇跡的不運な方向へ流れて悪質な殺人事件を起こしても、それはある意味、自分で選ぶことの出来ない自然の流れの中で起こる出来事で、交通事故と同じような側面があると考える。

 人に自由意思はないという事なら、廃止論者のいってる事は間違っていないのかもしれません。しかし、刑罰問題に直接影響する残酷な事件を減らす努力をしないで、目先の死刑だけを止めようとする行為は筋が違うと感じます。

 ただ、廃止論者という反作用がいなければ、死刑について考える機会がなくなり、簡単に死刑が執行されるかもしれません。つまり廃止論者に向かい合う事が、より冤罪のない秩序の保てる罰則への理解を深めていく事につながる訳です。

 現時点の罰則制度がもし大きく間違っていたら、大きな反動を伴って修正されるだろう。当分変化がなければ、今はこのやり方で生命の秩序を保てるベストな状態を示す。つまり今が正しいのかは、後になって見なければ分からないとも言えます。

 個人の意識ではなく大勢の意識が関わる行動や精神には、偶然などなく、生命が地球に生存し続けるための、その場面で最も良い割合をほぼ自動的に取りながら進み続けると考えます。

 私が思うに、残酷な殺人事件なのに残酷な刑罰を適応しないのは左翼です。こう考えると現在の死刑制度は中道です。

 ただ冤罪は一切無しで、国家による殺人がないという条件付きの話です。死刑執行官は真面目に働いているだけなのに、恨みのない人を殺す行為は精神的に辛いはずです。この場合は遺族に任せるべきです。もしくは一般の方から公募するという事です。

 ちなみに廃止論者は、世界の潮流は死刑廃止に向かっていると言います。確かに私も他国に住んでいたら、廃止論者に寝返ります。

 なぜなら日本以外は冤罪が多そうだからです。汚職も多いでしょうし、のんきにしていれば何時犯罪者にしたてられるかもしれません。捜査能力もずさんだと思います。明日はわが身なんて感覚です。

 また、一人の殺人者を死刑にすることによって、失われていたはずの普通に暮らしている一人の命を救えるという統計が日本にあるなら、話の展開が変わるかもしれません。

 最後に、今すぐ行える効果的な死刑廃止活動を考えました。死刑廃止を書面上で内密に意思表示した人は、自分が悲惨な殺人事件の犠牲者になっても加害者を死刑にしないで良いという事にします。
 
 取り敢えずこれだけで死刑執行が確実に20%下がるでしょう。存置論者からも異論は少ないと思われます。これにより刑罰に対して明確に向き合う事が可能でしょう。

スポンサーサイト

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。